ふるさとチョイスブログ

日本最大のふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」のスタッフや地域の方が、オススメのお礼の品や地域の魅力など、ここだけの様々な情報を発信しています。

2018
08/01
03_自治体担当者リレーブログ

【鳥取県米子市】実は米子市が老舗!と言っていいかな^^

佐賀県玄海町の井上くんからのバトン、しっかりと受け止めました。

しっかり持ち上げてくれて、どうもありがとう!

米子市総合政策部長の大江と申します。今年度末で定年退職となる歳ですが、ふるさと納税は、制度創設の平成20年度から平成26年度中途まで担当していました。

現担当の方々が第3世代、平成25年度あたりの井上君や平戸市黒瀬君・綾町小崎君が第1世代であるなら、それ以前の私は・・・紀元前かい? なんとも言いようがないので、「ふるさと納税の老舗」と名乗らせていただきます。そう名乗っても、第1世代以前の方々なら、きっと許してくださるでしょう^^

米子市の紹介は省きます(ぜひHPで見てください)が、ふるさと納税では平成25年度の寄附実績NO1市町村(初の2億超え)で、その後に躍進した平戸市・玄海町・綾町からは「米子市には大きな刺激とノウハウを貰いました!」「大江さんは僕らの師匠です!」と崇められながら、実際のところは彼らに次々と追い抜かれてしまいました・・・

そういえば、ふるさとチョイスの須永社長もまだ起業される前に米子市を訪ねてくれて、いろいろ話しましたね^^
今やこんなに大きくなっちゃって!

 

ふるさと納税は、平成20年度に制度創設されましたので、全自治体が用意ドン!での一斉スタート、これは先行すれば日本一になれるかも?と考え、積極的に動き始めました。

現在の返礼品(米子市はふるさと納税記念品としてました)方式に最初に取り組んだ自治体の一つですし、とにかく迅速・丁寧・簡便をモットーに、専用サイトを立ち上げ、独自のクレジット決済システムを作り、ふるさと納税を行った個人ブロガーにアクセスして記事を書いてもらい、それを目にしたマスコミからの取材を積極的に受け、多くの雑誌や全国放送の情報番組・バラエティ番組に取り上げられ、どんどん実績が上がっていく好循環でした。

米子市のふるさと納税コンセプトは、当初からずっと「市外に市民を作っちゃおう!」です。

その最たるものが「米子市民体験パック」、寄附者全員にお贈りする米子市のちょっとした商品(試供品的)や官民の文化観光施設の入場券・飲食割引券のセットで、ぜひ米子市に来てください!という思いで作りました。定価レベルでは6,000円以上になりますが、なんとこれらすべてが地元企業からの無償提供品、つまり調達価格0円、例の総務省通達の規制外なのです。加えてこの「米子市民体験パック」は、寄附申込みの2~3日後には礼状とともに届きます(選ばれた記念品はまた後日に届きます)から、その迅速さには非常に驚かれ、「米子市はアマゾンか?自治体と思えない超スピード対応!」と誉めていただきました。独創的な取組みが、確実に実を結んでいきました。

しかし、当時はまだ全くふるさと納税が広まっておらず、地元企業さんも制度を知っておられないし、その効果にも疑問を持たれていました。ましてや「商品を試供品的に無償で提供してください!」との図々しいお願いです。

しかし、こちらの熱意と協賛いただいた地元企業さんの「米子市のために協力しよう!」という思いの一致によって、何とか形にすることができました。そんな苦労はたくさんありましたが、私の公務員人生で一番充実した時期でした。そして「年間10億円一番乗り!」、密かにその目標を立て、順調に展開していました。

 

でも、人生は不測の山あり谷ありでした。ふるさとチョイスが繋ぎとなって、米子市が当時の先進自治体の一つとして、総務省の「ふるさと納税制度に関するヒアリング」に招かれていた平成26年10月、その期日の1週間前でしたが、私、人間ドックで引っかかり緊急入院になりました。

診断名は「急性骨髄性白血病」、「無治療なら余命4ヶ月、抗がん剤が効きにくいタイプなので骨髄移植をしなければ助からない」との突然の厳しい宣告を受けて、いきなりそこから先の見えない闘病生活に入りました。

死を覚悟しての闘病でしたが、幸いなことに、骨髄バンクを通じて善意のドナーさんが見つかり、今や周りの誰もが驚くほどの順調な回復をして、元気に仕事ができています。(その間のことは、本が1冊書けるぐらいのネタがありますが、ここでは省略)

 

約2年ぶりの仕事への復帰を前述の3人(俗称・九州三羽烏)に連絡したところ、連名で御祝の花を贈ってくれました。どうもありがとうね^^ ただ、免疫力のとても低い病み上がりの私に、生花を送ってくるなんて彼ららしいなあ、と思わず笑ってしまいました。

平成29年度には、ふるさとチョイス主催の「ふるさと納税サミットin夕張」に講師として招いていただいたり、本市でも「ふるさと納税サミットin米子」を開催していただきました。そのお陰もあって、現在は骨髄移植から3年を経過し、再発のおそれも低くなり、心身ともにやっと完全に元に戻った感じです。

 

ここで骨髄移植に関する「小ネタ」を3つほど・・・ みんな知らないだろうな^^

① 白血病とはいわゆる「血液のガン」、血液を作る骨髄細胞がガン化して、正常な血液が造られなくなります。その究極治療である骨髄移植は、ガン化した骨髄細胞を、致死量を超える抗がん剤と全身放射線照射で死滅させた後、ドナーさんから頂いた骨髄細胞を静脈に点滴して行います。移植された骨髄細胞は、空になった骨髄(全身の骨の中)に自然と生着して、新たな正常な血液を造り始めます。なんと神秘的な生体システムなんでしょう・・・ 「セカチュー」など悲劇の題材としてよく使われますが、骨髄移植の進歩により、白血病は今や不治の病ではありません。ただ、副作用で毛髪は失いました・・・ 残念!

▽髪があった頃・・・

② 骨髄移植は、白血球の型(HLA型)が合わなければできません。白血球の型は何万通りもあり、通常の輸血のように簡単に合うものを見つけることが困難なため、骨髄バンクなどの大規模な支援組織が必要です。反面、赤血球の型(ABO型など)は違っていても問題ありません。ただし、骨髄移植後はドナーさん由来の骨髄細胞から造血されるため、血液型が変わることがあります。実際に私は、元のO型からドナーさんと同じA型に変わりました。でも、元々の大雑把なO型性格は変わってないようです。

③ もう一つ驚きの事実。骨髄移植後の血液はドナーさん由来ですから、血液中の性染色体もドナーさんと同じになります。私のドナーさんは女性でしたので、今の私の血液中の性染色体もXXの女性型です。もし私が殺人を犯し、事件現場に自らの血痕を残していたとしたら、科捜研での血液検査の結果、沢口靖子が「犯人は女性です!」と判定し、事件は永遠に迷宮入り・・・ サスペンスドラマの題材になりますね。なお、血液以外の細胞の性染色体はすべてXYの男性型ですので、今のところ女性っぽくなるという事態には至っていません。

 

後半は全く仕事に関係ない内容となり、申し訳ありません。まあブログですから、許してください。ただ、あえて関連付けるとすれば、私が白血病に打ち勝つことができた要因は、「運」と「前向きな気持ち」だったと思います。その2つは、もちろん十分条件ではありませんが、絶対的な必要条件です。

そしてそれは、仕事でも私生活でも同じです。私は、「運」にも意思があって、ポジティブな方に寄ってくると思っています。これまでの仕事と闘病において、そのことを身をもって実証してきたと確信しています。

前向きな姿勢にマイナスはありません。前向きな姿勢に独創的な思考を組み合わせ、ふるさと納税制度を十分に活用して、地域をもっともっと盛り上げてください。各地域での、皆さんのご活躍を期待しています。

ふるさと納税は、これまで陽の当たらなかった田舎の市町村に、活躍の場を与えてくれた画期的な制度です。やればやるだけ、努力が寄附収入という形で実を結び、その街も特産品も有名になる! なんて素晴らしい! そして、これに関わる職員にとっても、最高の学びの場です。当初からその土俵作りに中心で参画してきた米子市は、やっぱり「ふるさと納税の老舗」と名乗ってもいいですよね^^

私個人としても、その役割を果たせたことを誇りに思っています。私は今年度で公務員生活を離れますが、これからは、骨髄移植で命を救っていただいたことの恩返しになるような何かをしたいと思っています。最後に一つお願い!ふるさとチョイスでも自治体でもいいから、誰か骨髄バンクを支援するGCFを立ち上げてくれないかなぁ^^

 

さて次は、北海道夕張市の佐近 航(さこん わたる)さんにバトンタッチをします。
佐近さんには、夕張市でのふるさと納税サミットの際に、とてもお世話になりました。
ふるさと納税を活用して、地元の高校生のために色々なことにチャレンジしておられる、とてもアツい方です。

では佐近さん、よろしくお願いいたします。

 

▼鳥取県米子市のページ
https://www.furusato-tax.jp/city/product/31202

 

 

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